推敲百話【32】「誤植は、誤植か?」の巻

「部長レースの“本命”はAさんですね」

「“大穴”ならBくんだろう」……。

ごく日常的に聞こえてきそうな会話ですね。

ここで使われている「本命」「大穴」は、

もともと競馬を始めとするギャンブルの世界の専門用語。

本日の違和感センサーは、

同様に「広く使われるようになった専門用語」に反応しました。

失礼ながら“勝手に”推敲いたします。
誤植って、なぜ「植える」なのでしょう……

 

誤植があったため再度ご案内します

 

【推敲のポイント】

某有名出版社から届いたメルマガの一部です。

「誤植」はもともと、活字を拾って印刷していた時代の専門用語。

メールやWebサイト、SNSなどいわゆる電子メディアには、

本来「似合わない」表現なのですが――。

 

少しだけ、歴史を紐解いてみましょう。

 

「活字離れが進む」

「私は活字中毒で、本がないと電車に乗れません!」

昭和の時代には、こんなフレーズがよく聞かれました。

 

活字は、鉛を熔かしてつくられた

「一文字ずつの四角いハンコ」のようなもの。

 

活版印刷と呼ばれる印刷の工程では、

職人さんたちが原稿を見ながら活字を1つずつ拾って、

1ページ分の「版」を組み上げていたのです。

 

大き目のお弁当箱のような入れものの中に、

拾った活字を原稿通りに並べていく“神業”は、

「植字(しょくじ)」と呼ばれました。

 

確かに、活字を拾っては規則正しく並べていく作業は、

掌の上で行われる「田植え」のようにも見えました。

 

今やすっかり“おなじみ”の「誤植」という熟語は、

この活字の「植え間違い」からきているのです。

すなわち本来は、

活字を誤って選んだ、あるいは並べたことによる

ミスプリントを「誤植」と呼んだのです――。

 

昭和時代も終盤になると、

活字を使った印刷は徐々に少なくなり、

写真植字~いわゆる「写植(しゃしょく)」が主流となります。

 

写植は「印画紙に文字を焼きつける」ことによって、

(写真の代わりに文字をプリントするイメージです)

活字を用いずに印刷用の「版」を作る、画期的な技術でした。

 

しかし、原稿を見ながら1文字ずつ文字を選ぶ作業は

引き続き“生身の”人間が担っていたため、

この時代にも、「写植の打ち間違い」によるミスプリントは、

「誤植」と呼ばれ続けたのです。

 

ところが、時代が平成に替わる頃から、

印刷用の「版」を作る工程は、

電算写植、さらにDTPへと大きく変化していきます。

 

電算写植と呼ばれる技術では、

人間が1文字ずつ文字を選ぶ工程はほぼ姿を消し、

ワープロやパソコンで打たれた原稿データが、

そのまま反映されるようになりました。

 

それは「植える」ではなく、いわば「流し込む」作業。

皆さんがコピペの「ペースト」をされるときのイメージと、

ほぼ同様のことが行われるようになったのです。

 

こうなると、ミスプリントの原因も、

印刷工程での「植え間違い」(=誤植)ではなく、

原稿作成段階での「タイプミス」「変換ミス」などに替わりました。

本来なら、ここで「誤植」というフレーズも、

役割を終えるべきだったのですが……。

 

【Before】

誤植があったため再度ご案内します

【After】

誤字があったため再度ご案内します

 

【今後へのメモ】

メルマガ(文字を植えない!)であれば、

本来なら「誤植」ではなく、「誤字」とするべきでしょう。

 

しかし、「誤植」という使い方は誤りである!

と、目くじらを立てるほどの問題ではないことも明らかです。

 

「誤植」というフレーズそのものが、

時代を超えて生き残っているわけですね。

 

私たちの身のまわりには、

「本命」「大穴」そして「誤植」のように、

もともとは専門用語でありながら、

一般用語として広く使われるようになったフレーズが、

まだまだたくさんあります。

 

「忙しくて、朝からテンパってる」

(テンパイは麻雀用語)

「彼が獲得した契約は、起死回生のホームランだった!」

(ホームランは野球用語)

「伊代ちゃんは夏のリサイタルに向け、エンジン全開!」

(エンジン全開は、クルマやバイクの世界で使われます)

 

――など、探してみると、楽しいかもしれません。

 

それにしても、某出版社さん、

誤植についての「お詫び」は一切なし。

このあたりの感覚は、なかなかマネができませんね(笑)

 

最後までお読みいただき、

ありがとうございました。


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