「部長レースの“本命”はAさんですね」
「“大穴”ならBくんだろう」……。
ごく日常的に聞こえてきそうな会話ですね。
ここで使われている「本命」「大穴」は、
もともと競馬を始めとするギャンブルの世界の専門用語。
本日の違和感センサーは、
同様に「広く使われるようになった専門用語」に反応しました。
誤植があったため再度ご案内します
【推敲のポイント】
某有名出版社から届いたメルマガの一部です。
「誤植」はもともと、活字を拾って印刷していた時代の専門用語。
メールやWebサイト、SNSなどいわゆる電子メディアには、
本来「似合わない」表現なのですが――。
少しだけ、歴史を紐解いてみましょう。
「活字離れが進む」
「私は活字中毒で、本がないと電車に乗れません!」
昭和の時代には、こんなフレーズがよく聞かれました。
活字は、鉛を熔かしてつくられた
「一文字ずつの四角いハンコ」のようなもの。
活版印刷と呼ばれる印刷の工程では、
職人さんたちが原稿を見ながら活字を1つずつ拾って、
1ページ分の「版」を組み上げていたのです。
大き目のお弁当箱のような入れものの中に、
拾った活字を原稿通りに並べていく“神業”は、
「植字(しょくじ)」と呼ばれました。
確かに、活字を拾っては規則正しく並べていく作業は、
掌の上で行われる「田植え」のようにも見えました。
今やすっかり“おなじみ”の「誤植」という熟語は、
この活字の「植え間違い」からきているのです。
すなわち本来は、
活字を誤って選んだ、あるいは並べたことによる
ミスプリントを「誤植」と呼んだのです――。
昭和時代も終盤になると、
活字を使った印刷は徐々に少なくなり、
写真植字~いわゆる「写植(しゃしょく)」が主流となります。
写植は「印画紙に文字を焼きつける」ことによって、
(写真の代わりに文字をプリントするイメージです)
活字を用いずに印刷用の「版」を作る、画期的な技術でした。
しかし、原稿を見ながら1文字ずつ文字を選ぶ作業は
引き続き“生身の”人間が担っていたため、
この時代にも、「写植の打ち間違い」によるミスプリントは、
「誤植」と呼ばれ続けたのです。
ところが、時代が平成に替わる頃から、
印刷用の「版」を作る工程は、
電算写植、さらにDTPへと大きく変化していきます。
電算写植と呼ばれる技術では、
人間が1文字ずつ文字を選ぶ工程はほぼ姿を消し、
ワープロやパソコンで打たれた原稿データが、
そのまま反映されるようになりました。
それは「植える」ではなく、いわば「流し込む」作業。
皆さんがコピペの「ペースト」をされるときのイメージと、
ほぼ同様のことが行われるようになったのです。
こうなると、ミスプリントの原因も、
印刷工程での「植え間違い」(=誤植)ではなく、
原稿作成段階での「タイプミス」「変換ミス」などに替わりました。
本来なら、ここで「誤植」というフレーズも、
役割を終えるべきだったのですが……。
【Before】
誤植があったため再度ご案内します
↓
【After】
誤字があったため再度ご案内します
【今後へのメモ】
メルマガ(文字を植えない!)であれば、
本来なら「誤植」ではなく、「誤字」とするべきでしょう。
しかし、「誤植」という使い方は誤りである!
と、目くじらを立てるほどの問題ではないことも明らかです。
「誤植」というフレーズそのものが、
時代を超えて生き残っているわけですね。
私たちの身のまわりには、
「本命」「大穴」そして「誤植」のように、
もともとは専門用語でありながら、
一般用語として広く使われるようになったフレーズが、
まだまだたくさんあります。
「忙しくて、朝からテンパってる」
(テンパイは麻雀用語)
「彼が獲得した契約は、起死回生のホームランだった!」
(ホームランは野球用語)
「伊代ちゃんは夏のリサイタルに向け、エンジン全開!」
(エンジン全開は、クルマやバイクの世界で使われます)
――など、探してみると、楽しいかもしれません。
それにしても、某出版社さん、
誤植についての「お詫び」は一切なし。
このあたりの感覚は、なかなかマネができませんね(笑)
最後までお読みいただき、
ありがとうございました。

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